火傷の跡が疼く様に痛む。
サムライは、包帯の後ろの焼け跡から生じる熱を、噛み締めて堪えた。ベッドを軋ませて耐え切れぬ熱さに汗がこめかみを伝う。切り傷のそれも酷かったが、焼け爛れた肌は何かに少し接触するだけでも信じ難いような激痛を伴った。数多の傷はどれも決して浅いものではない、だがサムライ自身は口を噤んで、治療の際にも呻き声すら耐えた。
 隣のベッドで直が眠っていたこともある。なけなしの矜持が意地を張らせた。
 ……だがそれ以前に。静流の、自分が殺した彼の姿を思えば、自然とサムライはそうしないではいられなかったのだ。従弟はあの炉の底で、焼かれて死んだ。その苦しみと比び得る痛みなど、生者が持てる筈もない。

 医務室で直と並んだベッドでの数日が経過し、ようよう傷が塞がってまともに眠るも支障のなくなった頃に、レッドワークに復帰する旨をサムライは医師に明かした。直は当然の如く怒り、低脳、信じ難い馬鹿者だと散々サムライを罵ったが、翻意の可能性がないことを見ると諦めたらしい。付け加えられた「…無茶はするな」という一言に、サムライが微笑を刻んだのは余談だ。それは、静流が死んでから初めてサムライが見せた笑顔だった。



 そうして明日、退院しレッドワークに復帰しようかという日。
直は体力の問題もあってか、昼でも断続的に眠っていた。サムライはその傍で天井を睨み過ごす。医務室への訪問者は、普段と定刻通りにあった。
 いつもと違っていた点といえば、踏み入る足音が少なかったことだ。やがて死角から姿を現した男は、想像に違わず金色の髪をした既知の者。
 レイジは軽く片腕を挙げ、笑った。
「よ、サムライ。今日もはるばる来てやったぜ。っと、キーストアは……まだ寝てんのか」
「ヨンイルはどうした」
「期限切れの本持った野郎が逃げてったのを追い掛けてる、掴まるのも時間の問題だろうけどな。後でイエローワーク帰りのロンと一緒に顔見せに来るってさ」
「……そうか」
 定期的に室を訪れ騒いでは帰って行く嵐のような友等に、サムライが最近救われることを感じる機会は多い。思い詰めると浮上のしにくい精神については、直に関しても、サムライ自身もよく知るところだった。……だからこそ、何気ない励ましや明るい笑い声に落ちずにいられる心を幸と思う。
 サムライのほんの僅かな微笑を、珍しいものを見たというようにレイジは眼を細めて眺めた。それから用をひとつ思い出した、という風に、軽く手を叩く。
「そういや、復帰するんだよな明日から。退院祝いにイイモノ持ってきたんだぜ、ほら」
 レイジの言い回しでは如何しても良い物とは思い難いのだが。笑みを引っ込め、サムライは疑わしげな顔つきで手を差し出す。レイジが囚人服のポケットから取り出して掌に乗せたのは、……
サムライの目が小さく見開かれた。
 何の変哲もない、けれど綺麗に磨がれていたことのわかる美しい刃の、鋏。

「そのザンバラ頭のままじゃ、ワークに復帰するのに流石に見てくれ悪いだろ?中途半端に伸ばしてるよりスッキリした方が男前も上がるってロンの助言。有難く受け取っとけよ」
 まあ切っても「男前」じゃ俺には負けるだろーけど、と嘯くレイジが、サムライの手の中に置いた鋏をまたひょいと手に取り、宙に放り投げ一回転させてまたタイミング良く指に滑り込ませる。鋏といえど刃物を扱っているにしては全く危うげのない、相当に慣れた手つきだった。
 サムライは確かにレイジの言うとおり、静流との一線で切り落として以来髪には手をつけていなかった。断面が焼け焦げている上に、パイプで断った跡はバランスも悪い。しかし――

 傷は治りかけてはいるものの完治には遠く、肩部分に大きな切り傷が残るため、腕を持ち上げる所作にはまだ負担がかかる。サムライが鋏を普段の様にうまく扱えるかどうかは、疑問の残るところだった。
 下手をすれば、今以上におかしな髪型になる可能性も考えられる。
好意は有難いがと悩んでいたサムライに、レイジがかけた一声は、予想だにしないもの。

「何なら俺が切ってやるよ、退院祝いの特別出血大サービスってやつだ」
これでも美容師免許持ってるんだぜ。
面白がるように笑うレイジの声にサムライは暫し硬直した。