「は、は、は……半被…ばす、はす? 蓮・泥……むむ」
「いやいーよ、サムライは歌わなくていいから練習やめて飾り付けの方やってくれよ、俺じゃ手届かねーし」

 譜面付、ご丁寧にカタカナに振り仮名まで用意された歌詞表と睨めっこのサムライを、飾り輪を手にしたロンが呆れながら嗜めた。時間までに準備を終えなければならないというのに、まったく恨めしいことに、ロンの身長では細部まで手が回らない。

 レイジにヨンイルは何処で道草食ってんだと、ケーキ他菓子類の買出しにいったきり戻ってこない男を浮かべて溜息ひとつ。まるで幼稚園児の遊戯会みたいな様相を呈した室内は、レイジとロンが同棲中(聞こえが悪い。ただ部屋の割り振りがそうってだけ)の寮の一室である。「他ならぬ直ちゃんの為や。やるからには、盛大にいかんとな!」言いだしっぺはヨンイルで、「我輩も微力ならお手伝いしましょう。然り然り」と面白がったのが最年長組のホセだった。
 「ま、キーストアをたまには労うのもいいかもな。いつも苦手教科教えて貰ってんだろ?追試食らう直前に」と(俺には教えてくれって言わねー癖にとなんだか拗ねていた)レイジに言われたこともあったし、何よりダチだしということで、メインメンバーは全員企画に乗った。プレゼントを用意して、無い金を絞ってパーティーグッズを集めて、ゲーム盤をあちこちから借りた。
 当日何をするかの企画ばかり盛り上がった割りに、真面目に部屋飾りを作っていたのはロンだけだったのだが。おめでたい日だし、怒ってばかりいても仕方ないと半ば諦め気味でもある。
 天井にくっつけようとして椅子を足してもぎりぎり届かない紙花に、ロンが悪戦苦闘していると、サムライの手がひょいとロンの手から花を浚い、あっさりとガムテープで貼り付けてしまった。腕を宙ぶらりんにしていたロンは、気まずく手を下ろして「さんきゅ」と内心複雑に頭を掻く。

 数年後にはサムライに張るクラスに背の高いレイジを追い越してやるつもりではいるのだけれど、いくら成長期を期待して牛乳をがんばって飲んでみても、変わらないのは困りものだ。イメトレを何度やってもサムライを追い越せそうな気がしないのは、スペックの差というものか。
「じゃ、次はこれとこれとこれ」
「承知した」
 どうやら最後に合唱する予定の英語バージョンの歌の記憶を放棄したサムライが、率先して動き始めて随分作業がはかどる。ああ、なんとか終わりそうだとロンはほっとした。
 子供じみた飾りが増えていく室、全員が揃うには手狭なバースデーパーティー会場。初めに鍵屋崎は絶対汚いとか芸術性が欠片も無いとか小馬鹿にするだろうな、とロンは想像を働かせてちょっぴり笑う。いろいろな突っ込みをいつもの難しい単語で連ねて、それから「感謝しないこともない」とか遠回りに言うんだ。決まってる。素直じゃない。

「……ロン、これでいいのか?」
「あー、いいぜ完璧。俺はそろそろレイジ達の様子見に行くから、後頼んでもいいか?」
 頷くサムライに手をひらりと振って、ロンは椅子から飛び降りる。順番に天井に咲かせていく不恰好な紙製の花を眺めるサムライを置いて、何処かでぶらぶらしているに違いないレイジにヨンイルを引っ張ってきてやろうとロンは玄関へ向かった。レイジみたいな付け合せの鼻歌は、そう、軽い祝福のバースデーの歌を上機嫌に。もちろん、そこまで音痴ではないが。
 大中小の声が混ざったバースデーソングは、さぞやカオスだろう。

(サムライにもそろそろ空で歌えるくらいにはなって欲しいよな、教えてもぜんぜん覚えねえしってぼやきたくもなるよな)
 部屋飾りが終わったらまた譜面を手に格闘するのだろうか、サムライの様子を思ってロンは噴出す。でも、こういうのもいい。鍵屋崎の皮肉をきかした顔が少しでも、サムライの下手な歌に笑うなら。それくらいの甲斐はきっと、あるに違いないのだから。



Happy birthday dear Nao !!


鼻 歌 で き っ と 笑 う 君