熱砂がシャベルの先端に、ざ、ざ、と削られてゆく。
イエローワークは単調作業だ。腰を落としてひたすらに掘り進め、土砂を運ぶ。砂漠の炎天下に水分補給もろくにせず働き詰めるのは正直、死に急いだ愚かしい行為としか言い様がないのだが、囚人の労働割当として当然の如く存在するワークに今更異議を唱えても返るのは看守からの粛清の拳だ。
 なら反論は無用というより寧ろ無駄だと、直が判断を終えたのは収監されてすぐの話だった。加えて、毎日蟻地獄に放り込まれているような気分に陥るこの重労働のワークが、余程上等でマシなものに思えている。ブラックワークに貶められ、売春班として働いたあの悪夢の日々を思えば、どれだけ疲労の激しい仕事であろうと比較にもならないのは明らかだった。
 
 正直どう足掻いても、蹂躙された記憶の夢は治まらない。
ブラックワークが廃止された今も、過去のことだと割り切るなど出来るわけがない。

 取っ手を握って重心を置く腕を入れ替え、汗で滑る掌をてぬぐいで拭く。日が随分傾いてきたのを確かめ、終了時刻まではそう長くない筈だと息を吐く。脳裏に巣食う陰惨な体験はもう何処かへ追い遣って、無心にスコップを動かしていればまた今日が終わるのだから。――おぞましい記憶など思い出さなくていい。何も考えなくていい。

 砂で汚れた眼鏡で見通す世界に、映す必要のあるものを履き違えなければ、いい。



『俺の直だ』

 
 声を思い出す。抱き締められた温もりのかたち、縋りついた胸。
愛しい友。
生真面目で、頑固で、何処か偶に見当を外していて、笑うと歳相応に若く見えて、鍵屋崎直のために命を張って戦ってくれた大切な友人。
 穴掘りをひたすら進めながら、疲れた身でとりとめなくサムライのことを考えている。何故だろうか、彼のことを想い、思考回路にその名を溶け込ませるだけで安らぐ己の存在を実感している。生きる理由、この監獄で日々を営む理由に直結しているサムライ。サムライという男がこのプリズンに在るということが、細胞よりも薄く小さな単位で全身に刻み込まれてでもいるかのようだった。
 ……会いたいな、と、ごく自然に、沸きあがる感情に任せて直は思った。思って、自分の思いを振り返って愕然とする。
「会いたい」?
 直がサムライと別れたのは今朝、食堂でのことだ。共に食堂に出向いて朝食をとり、時刻になったので一言二言を交わして持ち場へとそれぞれ散った。サムライはレッドワークに降格となったが、愚痴ひとつもなく、ブルーワークに出ていた時ともまるで振る舞いに変わる様子はなかった。

 そう、たった数時間だ。過去には一週間近く離れていたこともあったというのに、ほんの数時間彼と顔を合わせていないだけで「会いたい」、などと。


(やはり長時間の日射にあてられて疲労のあまりシナプス伝達に狂いが生じたか、そうだそうに違いない大体そうでなければ何故僕がこんな、)


 一際強くシャベルを砂場に突き立て、火照った頬を暑さと沈む太陽の所為にする。きれいに晴れた空の先、日が経過するうちに雲色がうっすらと橙に染められてゆく中でそれは、確かに至極最もな言い訳になりそうだった。











 ゆっくりと視線をめぐらせて、房に入る。一足先にレッドワークから帰還していたサムライが、すぐに気配を察知して何処か落ち着きなく振り向いた。

 目線が、合う。

 サムライの黒瞳に、自分と似た焦慮のような愛惜のような色を見出して、眼鏡の下一瞬目を瞑った。

……同じような想いに束の間でも囚われていたのは、僕だけではなかったということか?
珍しいことに、直は少し、笑ってみたい気分だった。
サムライがいる。同じ室内、己の傍に。監獄の中で、これ以上望むものは他にない。



「おかえり、直」

「――――ただいま、サムライ」