「なあ、ロイくん」
 黙々と生クリームの塗りたくられた物体を口の中へと放り込む、作業を延々―――大して美味そうなリアクションをするでもなく。皿の中身は素晴らしいスピードで消化され、残すところは不恰好なチェリーが据えられた、最後の一塊だけになっていた。
 その様を複雑な表情で見遣っていたヒューズが、恐る恐る声をかける。
「………おいしい?」
 感情表現は多彩な筈の漆黒の眼が、思わず三歩下がりたくなるような完璧な無表情の上でヒューズを見上げた。
(こ、怖え)
 静かなだけに余計、何か恐ろしい。後退りしそうなヒューズを尻目に、ロイはフォークを残留する一欠片の上からチェリーごと突き刺し、黙して椅子から立ち上がる。
 ヒューズはゆっくりと視線をめぐらせた。人のいない食堂、テーブルに乗っかった皿の上のケーキの残骸、そして試食を頼み込んだロイの顔。
 美味いか確認させるぐらいなら自分で食ってみろ、とロイの眼は語っていた。 
 いや、いい。可能ならぶんぶん首を振って断りたい所ではあったが、試食を頼み込んでいる手前、そうも言ってはいられなかった。ヒューズはロイが放棄した試食を、最後だけ試してみることにし、手を伸ばして直立しているフォークを握る。持ち上げるままに、口に入れて抜き取り。


……吐くかと思った。




「小麦粉の塊に、砂糖のない生クリームを塗した味だ」
「………」
「悪い事は言わん、手製で何か贈ろうとするのは止めておけヒューズ。お前の料理の腕じゃ振られるのがオチだ」
 口を抑えて蹲るヒューズに、用意してあった水を飲んでから、淡々とロイは真実を述べた。―――多少、憂さ晴らしの色調も含まれていたような気はするが。
 グレイシアの誕生日プレゼントに、何がいいか悩んで悩んで、雑誌で見つけた「手作りお菓子に女性は弱い」。もし実行可能ならばと真夜中に同室のロイを連れ出し、手に入れることができる限りの食材を掻き集め、食堂に忍び込み、料理本を片手に生まれて初めて作ったケーキ、だったのだが。
「………そうしとくわ……」
 この腕で上達を狙ってあれこれ足掻くよりも、他の贈り物の具体案を考えたほうが早そうだった。やれやれと、漸く笑みを見せ、ロイはヒューズの頭を叩く。
「用が済んだなら片付け始めるぞ。見つかったら大目玉だ」



 調理器具や試食につかったものの洗浄を済ませて、並んで忍び足で部屋に帰る。
大体どうして私がお前の彼女に贈るものの試食を、と文句をつけ始める男にひたすら悪かったと謝罪して頭を下げて。
「あ、そういやロイ。お前の誕生日、」
「煩いな。あの物体を食べた後に誕生日の話をするな……当分バースデーケーキが夢に出そうだ」
あの不出来なケーキをあれだけ食べていたのだから、青くなるのも無理はなかったが。自分が元凶であることを棚に上げてヒューズが笑うと、「誰の所為だ誰の」と小声で睨まれた。

 そのときヒューズはまだ、知らなかった。聞く前にはぐらかされてしまったので。
―――ヒューズが彼女に渡すプレゼントを模索し、半ば無理やりに生半可ではない味のケーキを食べさせていたその日こそ、ロイの………誕生日であったのだということに。











「太佐、なんか中佐から小包が届いてますけど。危険物ラベルつきで」
 割れ物かなんかっすかねえ、とハボックが呟きながら運び込んできたそれは、それほど大きくもないダンボール箱だった。提出期限に追われ、鬼のような速さで書類チェックを進めていたロイは、ふと我に返って……それから、思い出したように「ああ」と頷く。
「それなら、毎年の恒例物だな」
「あー、そういえば明日でしたっけ?大佐の誕生日」
 ブレダは昨年を思い返しているらしい、ひょこりと箱を覗き込む。
「確か去年も誕生日の前日に司令部に届きましたよ。あのときは……パウンドケーキとかが入ってて」
「ヒューズ中佐の手作りなんですよね?奥さんだけじゃなくて、中佐も料理上手なんですね」
昨年ちゃっかり恩恵に預かっていた司令室の面々が、仕事の手を休めてわらわらと小包の周囲に集まり始める。無論全員の狙う所など決まっていたが。
 他の連中に食べ尽くされる前にと、ロイは小包をハボックからひったくった。沸き起こる周囲のブーイングは無視して、ガムテープを力任せに剥がす。
開いて現れた中身は、更に白い箱。そちらまで取り出して蓋を取ると、一個ずつラップされた黄金色のマフィンが収まっていた。
(またバリエーションを増やしたのかあいつは、)
 昔の破壊的な料理の腕は一変して、今や菓子職人並になりつつある中央の友人を思って、ロイは苦笑しながらマフィンを手に取る。物欲しそうな顔をしてこちらを見る部下たちには、一人一個と念を押して渡した。

ラップを外して齧り付くと、濃い卵黄の香りとふっくらした感触が、口の中に広がる。
 
『……おいしい?』

今や尋ねられるまでもないことを、ロイは笑いながら思う。




お い し い ?