<1>
※SFパロもどき




「これがサクラ、ですか」
「お前、ピクチャも見たことなかったのか。地球のジャパニの血筋なんだろ?俺なんか、祖母ちゃんから散々聞かされたぞ。死ぬ前に一度は見に行けってな」
「ジャパニは僕の何代か前の人ですよ。僕は生まれた惑星も地球ではありませんし」

俺より逸早く士官服を身に纏った古泉は、柔らかな癖毛を撫で付けながら、感慨深そうに舞う薄ピンク色の花びらを見つめ、その美しさをしきりに賞賛した。大地に根を生やした黒い巨木は、幹に沿う様に俺と古泉の腕の長さを足したとしても、一回り出来そうにない。
神社のケイダイにて、数百年近く前から一帯を護り続けてきたのだとか眉唾な話も耳にしているが、確かにこうして仰ぐとその威容に圧倒されるな。記憶媒体で何度か眼にしたことのあるだけだった俺もこれだけ驚いたんだから、全く初めてだという古泉の驚きも相当なもんだろう。

「祖先の護ってきた大地、……ですね」
「ロマンチストだな」
「あなたほどではありませんよ。初出動前に、地球に旅行して花見だ!と言い出されたときは何事かと思いました」
「迷惑だったか」
「とんでもない。長旅に出る前に、良い物を見させて頂きました」

鮮やかに微笑ったその顔が、サクラが踊り散る中で、何より際立って見えた。
イツキ・コイズミ――この度、第二艦隊に配属決定。白地に紺色のアクセントがついたすっきりした士官服は、元の見目が美貌と称して差し支えない古泉には、似合い過ぎる程に似合っていた。
一方の俺はまだ、その階級には追い付いていない。元々入学自体が遅かったのもあるが、成績優秀で当初から有望視されていた古泉とは天と地の開きがある。

「待ってろよ。絶対追い付く。――それまで、死ぬなよ」
「勿論です。そうそう、早死にする気はありませんから」
敬礼を取って、古泉は笑った。
「待たせて貰いますが、なるべく早く上がって来て下さいね」





<2>



初対面の印象は、世の中ってのも随分不公平だという愚痴に尽きる。


士官候補生の仲間入りを果たして、親元を離れ寮入りが決まった初日。引越し用の積荷を独り抱えて四苦八苦していた俺に、入寮歓迎のコールをくれた連中が運び込みをやってくれるという話になった。こんなのは入り立ての新人にしかないサービスだから有難く受け取れ、と気のいい奴等に押し切られ、予定外に持て余すことになった自由時間に手持ち無沙汰でいたときのことだ。
「イツキ・コイズミです。お暇でしょうから、今のうちに寮内と舎の案内をさせて頂きますよ。よろしくお願いします」
接近して、慇懃に手を差し出して見せた男は、色白の痩身に整った部分部分のパーツを組み合わせたような面立ちで、優しげな微笑を浮かべていた。こりゃどうも、と返しに手を握ったところで、制服に縫い止められた階級章に目が留まる。たまげたことに、次席のピンバッチのおまけつきだった。

「凄いな。同い年くらいに見えるが、その歳で次席か」
「ええ、僕のような者に光栄なことです。……ですが、偶々ですよ。僕より優秀な方は沢山おられますから」
「そうかい」
謙遜に厭味がない。天は二物を与え給うた、というところだ。美形で気性も穏やかそうで、成績も優秀。いかにもモテるだろうという風情を醸している。同性としての好感度は高くなりそうにもないが、なにせ俺はケチな男なんでね。
しかし他に親近感を沸かす要素があるとすれば、その姓名だった。透き通ったような素肌や色素の薄い髪は、どう見たって同じ故里から来ているとは思い難いが、自己紹介にあった名は明らかに俺と同じ故郷の血を汲んだものだ。

「あんた、その名前からするとジャパニだろ?」
「ええ、一応はそうです。もうかなり前の代ですが。あなたもそのようですね。地球から、この星系に渡ってくる移住者も多いですから」
「ああ、俺も直系だ。だけどまあ、ここらに住んでるようなのは少しずつ血が混じってるだろうな、大概」
さっき顔合わせをした連中も、タニグチだとかクニキダだとか、存外高い比率で故郷を共にする奴等がいた。例えルーツが共通しているとしても、スペックの格差には貧民とブルジョワくらいの隔たりがありそうだったが。
俺自身、幸か不幸か(お袋なら間違いなく不幸!と言い切るだろうが)、『日本』を訪れたことはまだない。祖父母の代はまだ日本に居を構えた暮らしであったらしいから、アルバムを片手に話だけはよく聞かされている。青いプラネット、咲き乱れるワノハナ、田園と水車、着物、寺、神社。自然の美しい国だという。俺の名前はジャパニとは遠い名だが、面構えはそっくりジャパニの平均的な男子の顔つきらしく、ネタに散々からかわれてきたのは良くも悪くも懐かしい話だ。

「古い泉」
「……ん、なんだって?」
「いえ、ジャパニの表記で、『コイズミ』をそう書くんだそうです。カンジ、というんでしたっけね」
ふわ、と男が見せたその笑みが、さっきまでの儀礼的な部位を遺した微笑とは質が変わったように思えた。面白がるような響きだ。俺の持ち出した話が、それなりに興味を引いたらしい。
自慢じゃないが、と俺は前置きをして、
「そのぐらいの漢字なら、書けるぞ俺。祖母ちゃんにジャパニのありとあらゆるを叩き込まれたからな」
「それは素晴らしい。ジャパニの言語は専門外なので……よろしければ、今度教えて頂けますか」
「いいぜ」
古い泉で、古泉。脳内に唱えながら、俺は鷹揚に了解した。次席殿に言語を請われるなんて、嘘みたいな話だなと思いながら。
まったく、本当に成り行きでの約束だった。俺に取り立てて深い意図なんてなかったし、向こうももしかしたら社交辞令みたいなもんだったのかもしれない。
だけど、始まったのだ。その日、その瞬間に、確かに。