小さな導師は戯れのような会話を好む。
思う侭口にする、どう思う、どうしたい、何故だときみは考える?突き放すように問いを寄越し、答えが気に入らなければ一蹴して別の答えを求める。それは嘘なんでしょう、彼は微笑みながら、ヴァンが繰り出した返り言を片端から裁いてゆく。
職務中であれ就寝時間であれ。気まぐれに私室を訪れては、弄ぶように謎かけをして去っていく。守護役の少女には至って誠実な彼は、ヴァンに対してはまるで別のものを求めているかの如く振舞う。
ヴァンは自分の眼が彼を捕らえ映すことを、奇妙なことに、彼が自分を捕らえ映している――というように、よく錯覚した。それは新緑の瞳に、何もかもを看破されているように感じるからか。それとも事実、彼がヴァンを捕食しようと眼を光らせているからか、定かではない。
ただ、度々、手は伸ばされた。
嬲るように愛するように、愚かなものを壊したがる子どものように。
(いや、―――事実、子どもだったか)
視界が途切れる。冷たい掌に瞼ごと覆われる。ひやりとした感触が眼から熱を奪う。彼は背後で、椅子の背もたれ越しに、恐らくは笑っている。
「―――今のきみには、何が見える?」
楽しげな響きが木霊する。
臓腑を引き摺りだして玩具にされるような、小さな手に閉じ込められた僅かな闇は、酷く理不尽に記憶を揺さぶった。つめたい、身体と、動かない手足。
喉が枯れるまで悲鳴を上げた。
足掻いた。
固定され身動ぎすら取れないよう、椅子に縛り付けられた。
掻き乱され、引き上げられる力が、暴走する瞬間まで科学者達は離さなかった。
懇願は聞き入れられず、最後には口も眼も耳も塞がれた。
世界を滅ぼす刹那に、世界に己の意志で泣き叫ぶことも赦されず、
光を奪われ誰もいない孤独の闇に突き落とされ、溺れた。
応えを待つ少年を、満足させるだけの言葉を、ヴァンは持たない。自分の手よりもちっぽけな子どもに隠されている青の両目には、黒い底なしの海が宿り、言の葉の一字ずつを丁寧に攫っていく。
「――――なにも。導師イオン」
何も。
何一つ。
感情を押し殺すでなく、初めから何も含みの無い平淡な呟きは、見えない空気に溶け込むように余韻としてすら残らなかった。
揶揄し、つまらない答えだねと冷笑するかに思えた導師は、ただ「そう、」と零し。それっきり、無言になる。
彼の手は解かれない。閉じられた視界は闇に呑まれたまま。微かな呼吸音がやけに明瞭で、ヴァンは黒塗りの領域のなかに何かを探り出そうとしたが。
装置に繋がれ視界を剥ぎ取られたあの日に、自分は闇の果てに溺れて死んだのだと。
そんなことを思って、闇のなかに何も見つけられないのも道理だと、納得をした。
波に乗せられいつまでも浮かんでいるのは、ヴァンデスデルカの死体だ。
そしてそれをきっとこの子どもも知っているのだろうと、夜の深淵に幽閉されたヴァンは思った。
ヴァンデスデルカは虚ろの眼窩を晒し、ヴァンは子どもに抱き込まれて、盲目のまま何処かを彷徨っている。