※ガイ六神将パロ
血溜まりから引き上げられた後、暫くのことをガイラルディアは覚えていない。
ガイラルディアが血塗れの自身に意識を飛ばしてから、次に起きたときに寝かされていた場所は見慣れない狭い部屋のなか、白いベッドの上。其処にはヴァンが憔悴し切った様子でガイの掌を握り締め、顔をうつ伏せて寝息も立てず眠っていた。祈るような姿だった。
脳髄が痺れていた。――それは、今思えば違和感だったのだろう、確実に変えられてしまったものへの。だがそれが何なのかが最初のうちには分からず、状況の把握もならず、ただ守人で友たる少年を揺すり起こした。
少し背を擦っただけで弾かれたように目覚めた彼に、言葉を発する前に掻き抱かれた。息が詰まるほど強く。後に聞いた話によると、自分は一ヶ月近くもの間を眠り続けていたらしかった。
よかった、もう眼を覚まさないのではないかと。安堵と疲弊でぼろぼろの少年の声は、最後には懺悔に掠れた。血を吐くように、彼は何度も何度も繰り返した、それで死に潰れてしまえばどれだけ楽かと思えるような呪詛に自ら貫かれて。
『申し訳ありません、ガイラルディアさま… 私……わたし、が――』
知らされる現実。母は密通を拒んで殺された。父はキムラスカ軍を相手に抵抗し続けたが、圧倒的な数を前に敢え無く討ち取られた。ガルディオス家の親族に生存者はなく、気のいい女中も料理番も執事も皆、凶刃に倒れ伏したと。
そうして故郷の島さえも、魔界と呼ばれる深い暗闇に沈んだのだと。そして沈ませたのは他の誰でもなく私自身なのだと、ヴァンデスデルカはすべてを告げ、断罪を請うように首を垂れた。
詫びてくずおれるヴァンを愛しいと思う気持ちと、大事な玩具が壊れてしまったときの限りなく薄っぺらな喪失感。
全てを聞き理解した上で、ガイが感じたことはごく僅かだった。
自分が壊れたことを悟るのに、大した刻は要らない。 ……血潮を浴びながら生き延びた世界はそのものが夢のようで、だから感じなかった。家族を皆殺しにしたキムラスカ人に対する憎しみも、奪われた命に対する悲嘆も、己の手で故郷を消してしまったヴァンの苦痛も、分からなかったのだ。
(――――ガイラルディアはあの日、欠落してしまった)
確かめたフレーズが現実味を帯びず人事のようで、ガイは思わず笑む。そう、壊れたことを自覚するなら、真の意味で壊れたことにはならないのかもしれない。だが、気付いていても修正の効かない、それが過ちでも正そうという意志の働かない現状を楽しむ人間は、やはり人からは狂人と称されるものだ。そして取り留めのないことを徒然と考えて口にするのは、大概が突飛な話。
「俺のレプリカは作るなよ」
ヴァンデスデルカは大したもので、そんな唐突なガイラルディアの言葉にも身じろがなかった。示し合わせのように振り向けば、彼は息を吐き出して、書を机に置き去りにし椅子より立ち上がる。そうして此方へと物言わず寄り添うのだ、ガイラルディアの望むとおりに。
「――貴公がそう望むなら、遺さずにおこう。……レプリカは所詮レプリカなのだから」
「そういう意味で言った訳じゃないんだが…まぁ、いいか」
会話の途切れは早い、それは意識してのことではなく、ただわざわざ苦心して言葉にする必要性を感じないというだけのことだ。
……気まずさを伴わない空白を置いて、ヴァンの手がそっと髪に触れた。切り揃えたばかりのガイの髪を梳かすのは、彼の癖のようなものだが、ガイ自身他者に触れさせるようなことはしなかった。潔癖症という訳でもなかったのだが、自然と他者に触れられることを避けていたような気もする。
どれだけの冷水を身に浴びても、拭い去れない穢れというものは残るものだから、触れていいのは、同じように泥を被ってきたヴァンデスデルカだけ。
優しい手櫛の感触に瞼を閉じて、世界が綺麗になったときのことを思い浮かべた。白の街並みに笑い声が木霊する。自分と彼の姿がある筈の場所はぽっかりと抜け落ちていたが、それはそれで満足だった。
あの日、姉達の死体を負った背中は、どす黒く血の跡がこべりついて消えなかった。
烙印のようなものかと、漠然と思った。
あんな醜く爛れたものを、きれいなレプリカに残す意味が何処にあるだろう。それならば燃え尽きて散った方が余程よかったから、世界を汚す前に最初から消えてしまうつもりだった。―――たったひとつの例外を除いて。
ガイラルディアは笑う。笑う以外に知らないので、その笑みは時折子供以上に無邪気になった。ヴァンデスデルカの肩に後頭部を預けて、ひどく幸せそうに、ガイは望み事を口にした。
「―――お前のレプリカがいたら、いても良かったけどな…」
俺の、レプリカ。
綺麗なお前のレプリカと手を繋いで生きていく姿なら、それを見守りながら死ぬのも悪くないかもしれない、と。
(でもお前は作られた数だけお前のレプリカを殺してしまうだろうから、そんなのは夢のまた夢でしかないんだろう?)
設定:
ホド崩落の際に、ガイラルディアがペールとホドを脱出出来ず、ヴァンと共に魔界に落下したら、が前提のパラレル。
ユリアシティにて拾われた後も眠り続け、その間に何らかの精神的な変化を来す。目覚めた後でヴァンに事の真相を知らされ、ヴァンと共にローレライ教団入。レプリカ計画賛同者として神将の一角を担う。七神将表記なのは、他の六神将も普通に存在するから。
このパラレルでのガイラルディアはファブレ家の使用人にはなっておらず、当然レプリカのルークとは面識がありません。ここのガイラルディアはユリアシティ育ちでティアとは幼馴染の関係。ガイラルディアはティアが好きですが、ティアは本編通りヴァンと袂を分かった為仲間ではありません。
ガイラルディアの脳内構造はヴァン七割・ティア二割・其の他。哀しみも懊悩も知らない。一見しただけだと極普通の好青年ですが、内実は笑うだけの存在で、色々と基本的な感情が壊れています。ヴァンはガイラルディアと恋仲。護るべきものいとおしむべきものとして見ますが、彼の欠けた精神を悲しくも思っている。