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綻びの在り処を、随分前からガイは知っていた。
第六感というのだろうか。
人の僅かな仕草や、目線の遣り方ひとつで、ガイは時折恐ろしく明察に、物事を見抜く力を持っていた。先天的なものか、家族と故郷を失ってから身についたものかは彼自身分からなかったが、「何となく」―――空気に潜む差異や、齟齬を読み取る能力に長けていた。
嘘に気付くのは早かったし、気付いてしまってもそれを取り繕う術も自然と覚えた。他人に足を踏み入れられたくない想いならば、誰にでもある。そんな想いを、「嘘」という防御壁で塗り固めて、己を護ろうと必死な人間に突きつけるのは。時には必要かもしれないが、あまり褒められたことではない。
ガイは思っていた。だから、余程の事情がない限りは、気安く嘘を暴くような真似はしない。簡単なことだ、自分の心の内に、しまい込んでおけばいいだけの話なのだから。
今となっては、それは愚かな判断だったと、言わざるを得ないのかもしれなかった。
もっと早くに追及していたなら。もっと早くに、彼の中に横たわる闇の深さに気付けていたなら。
いくら悔やもうと、仮定は無意味だった。現実を見据えれば、其処には動かせない決戦の場がある。エルドラントと称された新たなホドのもとで、人類の命運を賭けた生死をやりとりする戦いは目前に迫っていた。
利き手が握り締めているのは、父が遺した形見の剣。
……先に佇むのは、かつての従者であり、友だ。
ルークとの問答。ティアの懇願。ジェイドの指摘。ナタリアの怒り。アニスの非難。
その場に揃った面々をひとめぐりして、最後にヴァンは視線をガイへと移した。
「やはり、貴公も退く気はないようだな」
手にかけるのは心苦しい。……残念だ。
最終決戦での酷薄な台詞を前に。ガイは場違いに、やはりヴァンを笑ってやりたいと思った。
ヴァンが巧妙についてきた幾つもの嘘を、ガイは知っていた。ヴァンデスデルカは昔から、決して嘘が上手い方ではなかったことも、記憶している。真面目過ぎ、優し過ぎた故に、彼は嘘が不得手だったのだ。他人の前ではどうであったにせよ、ガイラルディアの前では、確かにそうだった。
だからこそ、ガイには分かる。
彼の言葉が、嘘か否かなどということは、すぐに。
「――もう互いに、退けないところにまで来ちまってる。違うかい?」
「……そう、だな」
もしかしたら討ち取られ、望みを果たせないかもしれない状況下で、ヴァンは驚くほど穏やかな表情をしていた。絶対に負けはしないなどと、確信している調子でもない。全力を尽くしどのような結果になろうとも、丸ごとそれを受け入れるだけの覚悟を、彼は既に固めていた。
愚直だ。そして、神の寵児のようにあらゆることに秀でながら、結局は不器用なままだった。
ヴァンデスデルカが嘘つきならば、自分は卑怯者なのだろうと、ガイは思う。嘘をあまり吐かない代わりに、告げるべきことは隠し遂せたのだから。
(なあ、お前はきっと知らないだろうけど)
「――ならば、かかってくるがいい。私はそう簡単に折れはせん……!」
空気を痺れさせるような一喝に、始まりのすべてが集約されていた。
ルークが威勢の声を上げる。ティア、ジェイドは詠唱を開始した。アニスはルークに続いて、トクナガを操り走り出す。ナタリアは後方を護ることが決まっていたが、既に連射体勢にあった。
ガイは一瞬だけ、眼を瞑った。
笑顔。子守唄。差し伸べられた、暖かい手のひら。抱き留めた肩。よくおぶられた背中。過去が、瞼の裏を駆けて行った。幼いころ別れ、また再会してからもずっと、慕い続けていたひと。
最初で最後のプロポーズは、訣別の言葉だった。
(俺、お前が好きだったんだぜ)
少しだけ泣けそうな気分で、それでもガイ・セシルは眼を見開き、躊躇うことなく剣を構えて踏み込んだ。