※TOF2ネタ
取り縋った自分がきっと滑稽な姿であったろうことは、分かっていた。彼が差し出したひとふりの剣を、彼を喪うのが怖くて振りかざすなんて、本末転倒もいいところだ。けれど、当時はそれだけ必死だった。当たり前のことを考える暇もないほどに。
彼は避けず、とめどない血の跡を押さえながらも激昂せず、私を案じ慰めさえした。お前を傷つけるものはなんだ、お前を私は解放してやれる。紡がれることばは確かに愛する兄のものであったのに、兄は、私を、見てはいなかった。無様に泣いた私が何に脅え何を最も怖がっていたか、彼にはまるで理解できていなかったのだ。悪意に尖らせた言の葉でもって詰られたほうが遥かにましだったかもしれない。兄。たったひとりの兄さん。余りに遠い。
あなたのことをずっと見ていたつもりの私は、あなたがいなくなってしまったとそう思い、嘆き、やがて拙い手先でナイフを投擲する意思を望んだ。
あなたを取り戻したかった。
あなたに私を見て欲しかった。
「―――結局、私が兄さんを討とうと思ったのは、自分のためだった」
墓石に被せた花冠の蔦を、そっと整えて、私の話に耳を傾けてくれていた青年は振り返った。困ったような穏やかな笑み。彼の面差しを際立たせる、優美な所作は貴族然としている。
彼が貴族として生まれ、奪われ、復讐者に転じて生きてきた軌跡を知ったのはそれほど前の話ではない。もしかしたら私が、仕えることになっていたかもしれないガルディオスの遺児が彼であったということ。兄がいつかに語り聞かせてくれた金色の美しい子どもの話を、白く清明とした都の話を、今になって思い出すことになるなんて。あの頃には、思いもしなかった。
「どうかな。決め付けはよくないんじゃないか」
「そう、なの。そうは見えてなくても、そう。私は――誤魔化していただけなんだわ」
あにがすき、だった。
それだけで刃を手に取る覚悟が出来たというなら、きっと随分己は単純だったのだ。思い込んで、憧れて、愛する人を模倣しようとして、それでもなりきれないまま兵士にも成りきれなかった。中途半端に尽きてしまった。
「深層での思いがどうあれ、その思いは別段、悪いものじゃないと俺は思うけどね。俺だって、ヴァンが帰ってきてくれたら、どんなにいいか……考えてたんだから。想いは、自由だよ。同時に他者に強制できるものでもない、それだけ――根本的なところは、そういう話だったんだろう」
「――どういうこと?」
青年の瞳は、哀しげだった。反り返った睫の金が、青色と共に濡れているように。
「あいつは、心まで支配してしまう預言が憎かったんじゃないか?心まで束縛されたくないから、あんなふうに……そんな風に思うことがあるんだ」
「預言からの解放は、運命と、人の意思を導くこと。自由、に?」
「生きるうちに、目的そのものの先が最後には歪んじまったのかもしれないが…。俺はね。あいつは、ずっとティアを見ていたと思うよ」
それは推測というより、彼の、ガイの小さな希望も混ぜ込められているようだったけれど、私を励ますための無理やりな鼓舞ではなかった。彼自身が、それを信じていた。
「他には、……そうだな、きみの両親のことも見ていたかもしれないし、俺や、俺の姉上の姿も見つめていたのかもな。あいつは遠い目をして俺とよくホドの頃の思い出を、語り合ってくれた。見ていない筈がないんだ、ティア」
だってそうでなければ、誰が喪った故郷に裁きを乞い、世界を取り戻そう、などと、願うだろう?
誰もが諦めるその消滅預言を、目の前にして。
やさしい兄さん。
私は、俯いて、兄の眼差しを回帰した。
亡国の先に、笑いあうわたしたちの姿をいつしか夢見たのだろうか。それが紛い物のレプリカにすり替わっても?
「……ガイ。貴方には、今でも兄さんが見えている?」
儚い、と感じたのは気の所為か。
金色の花に寄せて、微笑が私にただ重い損傷を与えた。朗らかであるのに痛いのだ。断たれた絆の、もがれた先にあった。私も胸に秘め続けている感覚を、彼もまた持っていた。
「―――見えるよ、ティア」
あなたが見ていたものを知りたかった、私はとうに答えを得ていたのだろうか。私もよ、応えた先で震える指先を、桜色の爪が白くなるまで握り締めた。